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対談ゲスト【小池龍平さん】第六話「ART&HUMAN」

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2020年5月19日

※この対談は2019年夏に行われました。

 

 

-目次-

第一話 ごきげん道場って、何?
第二話 「じじいみたい」な話
第三話 「もの選び」と「精神性」
第四話 ひとまず「好き」を大切にしてみる
第五話 そこにしか無いもの
第六話 ART&HUMAN  
第七話 「アイデンティティ」と「ごきげん」
最終話 初期衝動のキャッチボール

 

 

第六話 ART & HUMAN

 

 

龍) これは、年齢とともにどんどん強くなってきたんだけど。

「日常生活」がすごい大事だと思うようになって・・・。

 

 

 

 

山) 日常生活・・・ですか?

 

 

龍) 「この人素敵だな」っていう人は、日常生活も興味深いことが多いです。

レゲエをやってる先輩の家に行くと、壁一面にレコードが「ぴしっ」と。

普段はジャージとかで生活してても、遊びに行ったときにかけてくれる盤とか、そのボリューム、タイミングが完璧で。

古い音源はヴィンテージのターンテーブルで、新しい音源は新しいターンテーブルみたいな。

 

 

山) 行為に意思があるんですね。

 

 

龍) 人に恵まれているなと思う。音楽の先輩もそうだし、さっきのギター職人も。

割と仕事ではおっちょこちょいだったりするんだけど (笑)

 

 

山)はい。

 

 

龍) 少しのミスすら愛おしいっていうか。技術が高ければ何でもいいってわけじゃないと思うんですよ。

ギター職人の彼は日々色々研究して、ギターの色んな所に穴あけて試したり、

大きな会社じゃまず付き合ってくれないようなこともとことん付き合ってくれる。

多少ルーズなところもあるけれど、・・・(笑)共に歩んでくれる感じがあるから、彼とつるんでる。

 

 

山) がっつり向き合ってる感じですね!

 

 

龍) 結局「職人とダイレクト」でやっていくほうが、ギターに関してはよかったですね。

あと、俺は音楽を仕事に出来てる現状は本当に幸運だと思うし、周囲にも心から感謝してるんだけど、

どこかで何でもいいと思うときもあるんですよ。

 

 

山) 何でもいい?

 

 

龍) うん、仕事はね。例えばだけど、仮に音楽をやめて、別のなにかを始めるにしても成功していく自信を持っていたいと。

さすがに今は、ここまで続けてきた音楽を辞めるのはもったいないと思ってるけどね(笑)

 

 

山) やめないでください (笑)

 

 

龍) 仕事って結局、その人のごく一部でしかないんじゃないかな。人の根っこは生活、日常にあると思うんです。

仕事がなんであれ、根っこは大きく変わらないでいたいっていうかね。周りともよく話すんだけど、

とにかく「タフでいよう」って。ちゃんとコミュニケーション取って、どんな状況でも機転を利かせる。

そのためには、普段の生活からいい動きをして、ちゃんと考えて日常をこなして。そんで、余った時間で遊ぶ。

 

 

山) 日常が「根っこ」で、仕事が「花や葉」のように・・・。

 

 

龍) うん。

 

 

山) うちに来ている子供たちにも聞かせてあげたいなあ・・・。子供はお好きですか?

 

 

龍) 20代〜30代前半は子供と全く縁のない生活をしてきました(笑)現場には子供いないしね。

ただ、オープンなイベントとかで子供たちと触れ合う中で、どんどん好きになっちゃった。

それまでは「自分の人生」という感覚が強かったけど、子供たちと長時間触れてきて、

人類ってこうやって発展してきたんだなって感覚に変わった。

 

 

 

 

山) 壮大なスケールですね(笑)

 

 

龍) でも本当そうじゃない?人のサイクルがあるから人類が続く。

音楽って、人間が単に生きるだけじゃなく、「芸術することが許されている生き物」だから成り立っている。

芸術が人のサイクルを回すんだよね。音楽はたまたま、その一個だから。そこに関われて本当に良かった。

もちろん他にも色々あるけどね。絵画だって、映画だってあるし。

本当思うよ、音楽を通じて、子供たちに何ができるかなって。そうやって俺も地球の歴史の一途を歩んでんだなって。

 

 

山) (頷いて少し考える)

 

 

さっき龍平さんが「意外だ」って仰っていたんですけど・・・。

 

 

 

 

龍)うん。

 

 

山)運動の世界だと、ほぼ「結果が全て」というイメージがある中で、僕はある時から、

「文化としての運動習慣」っていうのを追求してきたんですね。

だからかもしれないですけど、「結果だけ」にはあまり興味が無いんです。数字とか、一等賞とか。

むしろ、「必要な時に自己表現ができる」っていうのが大切な気がしていて。

でも、日本だとそれがすごく難しいし、しづらくなってきてるのかなと思うので、日本人として持っている、

「それぞれのリズム」に応じた形で、カポエイラとかトレーニングをやっているんですけど。

それぞれが、運動習慣を文化として捉えて続けていくことができる「運動そのものの在り方」を

日々考えています。運動習慣を文化として捉えることが出来たらそれは、どこかに根付いて一生続くと思うんです。

 

 

龍)うんうん。

 

 

山) 少しでもそういう子供達が、もちろん大人の方も、増えてくれれば。

だから、辞めないでこれたのかなと思いますね。

 

 

明日

「アイデンティティ」と「ごきげん」へ続きます

お気軽なご感想お待ちしております!

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