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心を鍛えるって何だろう?~メンタルトレーニングについて~

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2018年8月8日

過ぎたそばからまた台風。アスファルトの上には蝉。時は過ぎ人は年を重ねる。忘れがちなことだけど一日一日をどう過ごしていくかが、その人の本質になってゆく。最近、色んな所から「冷房で体が重い」という声が聞こえてくる。いかに「機嫌よくいられるか」が、こうも暑いとかなり重要な気がしている。ストレスの素が散在する中で、「機嫌のよい自分」はデザインできるのでしょうか?

 

思えば、僕は小さい時からクヨクヨしやすく、「メンタルを鍛える」という言葉の意味を15年くらい考えてきた。それほど常に「機嫌よくなりたい自分」がいた。今思えば、当時の自分はどれだけ機嫌が悪かったんだろうか(笑)ところが、徐々に「メンタルを鍛えることには限界がある」と感じるようになった。メンタルを鍛えるという行為にどこか違和感を感じ始めた。

 

コーチングの現場ではこういう声がよく聞こえてくる。「すぐにくよくよしてしまうのですが、どうしたらよいでしょうか?」確かに、「いらいらする」「くよくよする」「もやもやする」できればそうはいたくない。満足していたいし、自信を持っていたい。でも、例えネガティブだとしても感情自体は人としてかけがえのないもの。感情や心の状態、つまりよくメンタルと言われることは、「何かをしたり感じた結果」だ。日々仕事をしたり、家事や育児をしたり、人付き合いをしたりして、目標へ向かう中で感じたことの積み重ねの産物、それがいわゆるメンタル。積み重なった結果をコントロールしようとすること自体が不自然なことではないかと僕は思う。

 

じゃあコントロールできるのは何だろう。唯一コントロールできるとしたら「積み重ね方」じゃないか?そしてそのヒントは「脳」じゃないか?とある日思った。どうやら疲れがたまって脳が不幸せになってくると、メンタルも落ちてくるような気がする。だんだんと、「メンタルがコントロールされる」のではなく、「脳のコントロールを通じ、良いメンタル(結果)に繋がる」のではないかと考えるようになった。例えば実際は内臓や筋肉が疲れていても、その「疲れを感じる」という働きは脳の仕業らしいです。だから日々の生活の中で脳を疲れさせないことがとても大切なんじゃないかと思うようになってきました。そしてそれは自分の脳は「どのくらいでストレスを感じ始めるか」をまず知ろうとすることから始まる。

 

今、多くの方が悩みを抱えています。心や感情が散らかってしまってから整えようとするのではなく、「散らかる前に散らかさない」というのがメンタルトレーニングの本質ではないかと私は思います。対処ではなく、予防。例え、今持っている問題が晴れたとしても、またいつ同じような問題が訪れるかは誰もわかりません。そして、問題の根っこにはいつも「共通点」があります。予防を意識したメンタルトレーニングを日々実践していくと、対処も早くなり、同じことでくよくよしなくなります。スタジオナヴィーオでは、身体づくりを通じてメンタルをデザインしていくお手伝いを生業としています。

 

全ての方が機嫌よくいられますように。

 

ps

死んだと思った蝉がいきなり蘇るの怖いよね

 

ナヴィーオ代表

山崎

 

 

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