2022年11月22日
暮らしの中に、
地獄のような瞬間はある(又はあった)だろうか?
僕はあるし、あった。
それは「ちょい地獄」のようなものから「リアル地獄」まで様々だ。
僕達一人一人が、
「誰しもある程度の地獄や地獄のような体験を秘めている」
という前提認識で社会生活を送れたとしたら、
より寛容な世の中を創れるんじゃないだろうか。
今朝、サウナに入っていて気づいた事がある。
当たり前のようだが、16度の水風呂に入るとまぁまぁ冷たい。
体が慣れていないとそれはまぁまぁ地獄のように感じる。
しかし水風呂にはさらに上があって、
8度のものがある。
これは、本当の地獄だ。
下手に入ると指先の血管が痺れてくるほどだ。
しかし、どうだろう。
サウナ→水風呂8度→水風呂16度というプロセスを経てみる。
するとさっきまでまぁまぁの地獄だった16度の水風呂に入っていると、
柔らかい温かさに包まれ、まるで天国にいるかのように感じるのだ。
よくよく考えてみると世の中は、「ちょい地獄」と「リアル地獄」と「天国」で出来ているのではないかとさえ思えてくる。
もし今あなたが、
「ちょい地獄」や「リアル地獄」に悩まされているとしたら思い出して欲しい。
それらは「天国の前振りかもしれない」ということを。
「ちょい地獄」は将来の天国かもしれないし、
「リアル地獄」は「天国のオープニングアクト」なのかもしれない。
ナヴィーオ代表
山崎
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